看護師からビジネスマンへ。数々の経験から得た道
はじめはそれほどでも
1 年半ほど勤めた会社が今の会社に吸収合併されて約11 年が経ちました。
SMO 業界に来てからは16 年になります。
地元は東北地方で、高校は工業高校の普通科に通っていました。大学を検討する際、世の中が就職難だったこともあって何か専門性が必要だと考えて、数年前に新設されて間もない地元の大学の看護科に行くことにしました。
ちょうど母方の祖母が介護を必要とするようになって、実家で引き取ることになったタイミングでもあったので何となく医療や看護が身近に感じられたということもあると思います。
大学では、あまり勉強する気にならなくて1,2 年次はアルバイトしながら遊んでいました。3 年になったら実習に行って4年になったら卒論書いて・・・。ある意味では大学生活は充実していたと思います。笑
環境で切り替わる
その後、地元の総合病院に入職し呼吸器内科・循環器内科の病棟に配属になったのですが、とても忙しかったです。外科がない病院だったので、処置ができないような患者さんも入院されていて、少なくない数の患者さんを看取りました。学校ではあまり勉強してきませんでしたが、就職してからは本気で勉強しましたね。父が大工で職人気質だったこともあってか、私も職人気質なところがあるようで、それでいて比較的ホスピタリティにも⾧けていたので仕事は非常にやりがいを感じていました。その病院には丸3 年ほどお世話になりました。
企業に身を置く(ビジネスを学ぶ)
少し遡りますが、大学の頃に父を労災で亡くしました。稼業だったので⾧男の私が事業承継等の手続きを税理士さんや労務士さんと進めたのですが、そこでビジネスの部分にも興味を持つようになりました。大学卒業時に一時は一般企業に就職することも考えてはみましたが、せっかくの資格ですし短期間で実績的なものを学ぶことができれば、その経験を持って次に転職すればいいかということも考えつつ病院に就職したようなところもありました。
3 年の間に後輩の育成にも携わることができたので、一念発起して転職活動を始めました。その中で見つけたのがCRCという仕事です。このタイミングで初めて上京することにしました。
最初に入ったのは小型のSMO だったのですが、初めての会社員ということで、スーツを着る、ネクタイを締める、クライアントと名刺を交換する、どれも初めての経験でしたが面白くて。不安よりも興味の方が勝っていましたね。
20 代の頃は、夜勤もある看護師の方が給与面で上回るということもあって、戻ろうかと考えたこともありましたが、先々のことを考えてSMO でキャリアを積むことを選択しました。大学院への進学やCRA へのキャリアチェンジという選択肢も考えてはみましたが今の仕事へのやりがいが勝り、一瞬で無くなりましたね。笑
専門家からビジネスマンへ
今の会社に入ってからも、プレイングマネージャーとしてメンバーのマネジメントもしつつ幾つかの施設も担当していましたが、1 年ぐらいでマネージャーとなり、しばらくするとそれを統括するようになり、今はDirector としてプロジェクトや人材のマネジメントや管理を行っています。私は医療業界として社会に貢献しつつもビジネスの部分にやりがいを感じているので、今後もその部分を自己研鑽していきたいと思います。
コロナ禍になったことで、今後はCRC に求められる仕事の幅にも大きな変化が生まれてくると感じています。伴って、クライアントやCRA との関わり方も変わってくると思います。時代や環境の変化を気にしながら、事業を推進していきたいと思います。
CRC(治験コーディネーター)の仕事とは?
CRCとは、Clinical Research Coordinatorの略称で、「治験コーディネーター」と呼ばれています。医療機関の中で治験責任医師の指導・監督のもと、専門的立場から治験責任(分担)医師の業務に協力する仕事です。被験者と直接接触し、治験内容の説明や不安、心的負担を軽減するための相談相手としてケアやサポートも行います。